「今回のヤマはちとばかし骨が折れそうだ」
彼はすこし困ったような苦い顔でそう言い残し、出て行った。


かつて...


午後三時。
あまりに暖かで静かな午後なので、この世界に争いや飢えがあることをつい忘れ
てしまいそうになる。部屋は静まり返っていて、時が止まっているように思える

。(しかし時計の秒針はじりじりと宛てのない旅を今も尚、続けているようだ)
外を見ても大きな木がその葉を穏やかに風に揺らせているだけで、一見、その木
の他に動いているものをはっきり把握できない程である。雲ですら流れているの
か怪しく思えてくる。
そんな中、きっと今のわたしを客観的に見ると、白い部屋にある大きなしみのよ
うなものにしか見えないんだろうな、とぼんやり思った。
机の上に置いてある先ほど買ったばかりのペットボトルの紅茶は、レースのカー
テンから僅かに漏れる光に眩しく反射しわたしの目を鋭く刺す。
その光がひどく攻撃的だったものだから、わたしはふいに次元のマグナムの銃口
を思い出してしまった。やれやれ、どうしたというんだわたしは。

寂しいなんて感情を抱き、それに気付いたのはとても久しぶりなことに思える。
(少なくともわたしの頭の中ではだけれど)
衣服の繊維がちぎれ、壊死してしまったような、か弱く所在無い気持ち。
ぶちぶちぶちぶちぶち。
でもそれでも、すべての糸が死んでしまているわけじゃない。まだ一つや二つは
生きていて、ボタンやらスナップやらを繋ぎ止めているはず。
…或いは、そう信じたいのかもしれない。

しかしただ一つだけ確かなことは、このNYの空のどこかに彼と繋がっている空
があるということ。たとえそれがほんの少しでも、たった一切れでも。
遠く果てない異国。次元とルパンはわたしが聞いたこともない国にいるかもしれ
ない。漠然と、辺境に立っている彼を頭のキャンバスに想い描く。
そこは一体何という場所なのだろうか。

たとえば、空に仕切りやしがらみはない。
そしてもし半透明なり白黒なりのそれが頭上にあったならば、もっと次元を身近
に感じられるんだろうな。しかしそんなことになろうものなら、ずっとわたしは
食べることもおぼつかず、空ばかり見上げているようになってしまう気がする。
ふと、電話をかけてみようかとも持ったけれど、連絡先を知らないがために、そ
れは留保されてしまった。みっともない。みっともないな。ひどく。

ルパンと次元はいつだって行動を共にするくせ、なぜわたしは彼と居ないのか。
ルパンと呼ぶ声は、なぜわたしを、わたしの名を呼んでくれないのか。
幾度となく、焦がれたというのに。
ああ、まったく、嫉妬だなんて、落ちたことをするようになったな!
今すぐ会いたい。会いたい。会いたい。自分が自分でなくなりそうだよ。

これほどまでに、どうしようもなく、彼を愛している。次元を愛している。
頼りないこと下らないことを言葉に置き換えたり、行動に表したりするのはだい
きらいだ。でもこれだけはわたしの心底だけで囁かせてほしい。
わたしは次元を裏切ることのできる自信がない。(その気を起こす気も毛頭ない)

幾度となく焦がれたのに。

一言、たった一言、「」と呟いてくれたなら、わたしはそれで、それだけで
幸せになれるというのに!

 


(そんなこと、けして彼には言わないし、言えないけれど)