こつこつ、

 

聖堂を思わせる造りの日当たりのいい中庭を、辺り一帯ゆっくりしげしげと改めて
見回しながら、くわえた煙草の煙を思い切り吸い込んだ。革靴のこつこつと堅い音

が天井(思ったよりも高いな)に反響している。小綺麗に整えられた花々の広がる
庭の中に、行儀よく茎を刈り揃えられた青い薔薇を見つけて、ニコチンが肺に染み
込むのを直に感じる。それにしても千年公もまめなお人だ。
こんな洒落た中庭なんて構えちまってるんだからなあ。



色づけも飾りもしていない至ってシンプルなままの声のトーンを投げかけ、自分に
小さな背中を向け、花を前にしゃがみ込んでいる女を前に、自分の腰下にあるその
頭に手を置いた。手入れのされた虫一匹いないこの花たちは確かに美しいと思った。

「今帰ってきたの?」

同じように隣にしゃがみこんで、目の前に乱れ咲く白い花を撫でてやるとそれは黙
ってオレに一礼した。(ように見えただけなのだろうか?)

「そ。もーホント、くたくただよ」

流石にあの量は疲れたわ、と付け足したその後、また「これ、何つー花?」と聞く
と、は柔らかくあたたかい声で「山茶花」と言った。山茶花ってーと、確か中
国だか日本だかの原産だったんじゃなかったか?わからねえモンはわからねえ。

「花びら、いっぱい散ってるでしょ?」

そう言われてみればそうだ。足下に何枚か大きめのそれが落ちてしまっていて、そ
れはオレに、春先に居場所を無くした残雪を思い起こさせた。体重を支える足首を
少し捻って踏めば、それはひどくあっけなく、滲み、ばらばらに千切れてしまった。

「時間が経つのは速いよな。つくづく寂しいとおもうよ」

「ん、私も…かな」

「はは、何でそんな曖昧なんだよ」

いい加減な言葉ばかり言う彼女の頭をかき混ぜるように撫でた。無造作に髪が跳ね
、揺れるのが手袋越しに伝わってくる。

「これ、私が千年公に強請ったものなんだ」

オレはおもむろに手袋を外しの柔らかな頬をなぞった。ああこいつは今此処で
生きている。オレにはこいつの中に隆々と流れているであろう温かい血液を搾り出
すことだって出来る。しかしオレはそんなことはしない。

「綺麗だよ」

花も、お前も、闇も、光も


静寂に身を任せるままにオレは彼女にキスをした。


踏み潰した白い花